――徳川家康とジェームズ1世、400年前の日英外交秘話
「徳川家康が、イギリス国王ジェームズ1世に日本の甲冑を贈った」
そんな話を聞いたことがあるかもしれません。
戦国時代を終わらせ、日本を統一した家康が、はるか遠くのイギリス王に日本の武士の象徴ともいえる鎧を贈る。
なんとも壮大な話です。
しかし、実はここには少し意外な事実があります。
1613年、ジェームズ1世に甲冑を贈ったのは、徳川家康ではなく、その息子・二代将軍徳川秀忠だったのです。
では、家康は何をしたのでしょうか?
そこには、江戸幕府が開かれたばかりの日本と、遠いイギリスを結んだ、知られざる外交物語がありました。
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家康の前に現れた「イギリス人」
時は1613年。
徳川家康が征夷大将軍の座を秀忠に譲ってから、すでに8年が経っていました。
しかし家康は引退したとはいえ、駿府城でなお大きな政治的影響力を持っていました。
そんな日本に、一隻のイギリス船がやって来ます。
船の名は、
「クローブ号(Clove)」
東インド会社の船でした。
この船を率いていたのが、
ジョン・セーリス
です。
そして、彼らを日本へ導くうえで重要な役割を果たしたのが、あの人物。
そう、
ウィリアム・アダムズ
です。
日本名、
三浦按針(みうら あんじん)
として知られるイギリス人航海士でした。
アダムズは家康の外交顧問として、すでに日本で活動していました。
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ジェームズ1世から家康への贈り物
1613年、クローブ号が日本へ到着すると、イギリス国王ジェームズ1世から家康らに贈り物が届けられました。
その中には、
望遠鏡
など、当時の日本では非常に珍しい西洋の品々が含まれていました。
ジェームズ1世は、日本との貿易関係を築こうとしていたのです。
これに対して日本側も、イギリスへ返礼品を用意します。
そこで登場するのが、
日本の甲冑
でした。
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ジェームズ1世に贈られた「サムライの鎧」
1613年、徳川秀忠はイギリス国王ジェームズ1世への贈り物として、
2領の日本甲冑
を用意しました。
この甲冑をイギリスへ運んだのが、ジョン・セーリスです。
英国王室コレクションによれば、そのうちの一領は現在も王室コレクションに伝わっています。
甲冑は、
- 兜
- 面頬
- 胴
- 袖
- 草摺
- 脛当
などからなる本格的な日本の甲冑。
制作したのは、
岩井与左衛門(いわい よざえもん)
という甲冑師です。
岩井与左衛門は徳川将軍家に仕えた名工として知られていました。
つまりジェームズ1世に贈られたのは、単なる「日本のお土産」ではありません。
徳川将軍家の権威を背負った、本格的な武士の甲冑だったのです。
英国王室コレクションは、この甲冑が1613年に徳川秀忠からジェームズ1世へ贈られたことを明記しています。(ロイヤル コレクション トラスト)
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なぜイギリス王に「鎧」を贈ったのか?
ここが非常に面白いところです。
当時の日本では、甲冑は単なる防具ではありませんでした。
それは、
「武士の国・日本」
を象徴する品でもあります。
一方、イギリス側から日本へ贈られた望遠鏡などは、
「西洋の技術と文化」
を象徴する品でした。
つまり、
イギリス
↓
望遠鏡・西洋製品
日本
↓
甲冑・金屏風など
という形で、両国は互いの文化を象徴する品を交換したのです。
まさに、
「東洋の武士文化」と「西洋の王侯文化」
が出会った瞬間でした。
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実は家康も重要人物だった
では、
「家康は何もしていないのか?」
というと、もちろん違います。
むしろ、この日英交流の始まりにおいて家康は非常に重要な存在でした。
イギリス側からの贈り物を受け取り、家康はイギリスとの通商関係を進めます。
そして幕府はイギリス人に日本での居住・交易を認める朱印状を与えました。
日本とイギリスの正式な交流が始まっていくのです。
日本大使館の「Japan400」の資料でも、1613年の交流について、家康がイギリス側に貿易を認める朱印状を与え、一方で秀忠がジェームズ1世への甲冑を贈ったことが紹介されています。(在英日本国大使館)
つまり、
外交の道を開いた家康。
そして、
その外交の返礼として甲冑を贈った秀忠。
この親子二代の役割分担があったのです。
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甲冑は現在もイギリスに残っている
さらに驚くのは、その甲冑が現在まで残っていることです。
英国王室コレクションに所蔵される甲冑は、1613年に秀忠からジェームズ1世へ贈られたもの。
制作年代はおよそ1580~1610年とされ、岩井与左衛門の作です。
甲冑には鉄だけでなく、
金銅、
鮫皮、
漆、
絹、
馬毛、
鹿革
など、日本の甲冑制作に用いられたさまざまな素材が使われています。
そして、英国王室コレクションによれば、この甲冑は現在も王室コレクションに残る貴重な外交贈答品です。(ロイヤル コレクション トラスト)
さらに別の一領はロンドン塔にも伝わっています。
つまり400年以上前に日本から海を渡った「サムライの鎧」が、今なおイギリスで歴史を語り続けているのです。
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家康からジェームズ1世へ――ではなかった
ここで、最初の疑問に戻りましょう。
「徳川家康がジェームズ1世に鎧をプレゼントした」
これは、厳密には正確ではありません。
ジェームズ1世に1613年、甲冑を贈ったのは徳川秀忠です。
ただし家康は、その日英関係を築くうえで重要な役割を果たしました。
だからこそ、
「家康が道を開き、秀忠が鎧を贈った」
と考えると、この出来事の本当の姿が見えてきます。
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戦国の武将から、世界外交の家康へ
家康といえば、
関ヶ原の戦い。
大坂の陣。
江戸幕府。
そんなイメージが強い人物です。
しかし家康が見ていた世界は、日本国内だけではありませんでした。
スペイン、
オランダ、
イギリス。
ヨーロッパ諸国との外交や貿易にも目を向けていました。
そして1613年。
その家康の時代に、
日本の甲冑がイギリス王のもとへ渡ります。
それは、単なる贈り物ではありません。
日本が世界とつながっていくことを示す、
外交の象徴
だったのです。
400年以上前、遠く離れた日本から海を渡った一領の甲冑。
その背後には、
徳川家康、
徳川秀忠、
ウィリアム・アダムズ、
ジョン・セーリス、
そしてイギリス王ジェームズ1世。
日本史と世界史を結ぶ、意外な人々の物語がありました。
「サムライの鎧」は、戦場だけでなく、外交の舞台でも活躍していたのです。




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