まず結論から言うと――
『ソクラテスの弁明』は、世界史上もっとも有名な裁判の記録です。
主人公は哲学者の ソクラテス。
場所は古代ギリシャの都市国家
アテナイ。
年号は――
紀元前399年。
日本で言えばまだ弥生時代のころです。

そもそもソクラテスって何者?
ソクラテスは街中で人を捕まえては、
「正義って何?」
「勇気って何?」
「本当に知ってるの?」
と質問しまくる人物でした。
例えば政治家が
「私は正義を知っている!」
と言うと、
ソクラテスは
「では正義とは何ですか?」
と聞く。
相手が答える。
するとさらに、
「それだとこの場合は?」
「じゃあこっちは?」
と質問攻め。
結果、
相手が
「……あれ? 自分よく分かってないかも」
となる。
これが有名な
『無知の知』
です。
「自分が知らないことを知っている人こそ賢い」
という考えでした。
ところが嫌われた
当然ながら、
政治家や知識人からすると、
めちゃくちゃ迷惑です。
街中で論破されるわけですから。
しかも若者たちは
「ソクラテス先生面白い!」
と集まる。
すると大人たちは、
「若者が生意気になった!」
と不満を持ち始めます。
紀元前399年 アテナイで裁判
ついにソクラテスは訴えられます。
告発内容は主に2つ。
① 神々を信じない
② 若者を堕落させた
でした。
現代風に言うと、
「あいつ変な思想を広めてる!」
「若者に悪影響だ!」
みたいな感じです。
法廷でのソクラテス

普通の被告なら、
泣いて謝るかもしれません。
ところがソクラテスは違いました。
彼は堂々と言います。
「私はアテナイのために働いている」
「市民に考えさせることが私の使命だ」
さらに有名な例え話。
「私は国家を刺して目覚めさせるアブみたいな存在だ」
つまり、
「みんなをイラつかせてるけど、
それは社会のためなんだよ」
と言ったのです。
裁判員からすると、
かなり挑発的でした。
そして有罪
投票の結果、
ソクラテスは有罪。
ここで普通なら
「罰金払います!」
と言えば助かる可能性もありました。
ところがソクラテスは、
ほぼこんなことを言います。
「むしろ私は国家に貢献したんだから、
ご褒美をもらうべきだ」
裁判員たち
「は???」
当然さらに怒ります。
そして――
死刑判決。
最後までブレなかった

弟子たちは
「逃げましょう!」
と提案しました。
しかしソクラテスは拒否。
理由は、
「法律に従って生きてきたのに、
自分だけ逃げるのはおかしい」
だったからです。
そして毒杯を飲み、
70歳前後で亡くなりました。
なぜ2000年以上も読まれるのか?
この本が面白いのは、
単なる裁判記録ではないからです。
テーマは今でも通じます。
- 本当に正しいとは何か?
- 多数決は常に正しいのか?
- 権力に逆らうべき時はあるのか?
- 自分で考えるとは何か?
ソクラテスは命よりも
「真実を追求すること」
を選びました。
だから彼は敗者なのに、
歴史では勝者として記憶されています。
そして弟子の
プラトン
がこの出来事を『ソクラテスの弁明』として書き残したことで、
西洋哲学の出発点のひとつになったのです。
年表まとめ
- 紀元前469年頃:ソクラテス誕生
- 紀元前431〜404年:ペロポネソス戦争
- 紀元前399年:アテナイで裁判
- 紀元前399年:死刑判決・毒杯を飲む
- その後:弟子の プラトン が『ソクラテスの弁明』として記録
「悪法も法なり」という言葉で有名な人物として語られることがありますが、実際にソクラテス本人がその言葉を残したわけではない点は注意です。


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