シーボルトの遺した探偵 第二話消えた胎児

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シーボルトの遺した探偵

明治ミステリー

第二話

第一章 未来を抱く者たち

明治七年(1874年)。

東京・築地。

楠本イネの診療所。

診療所の庭では、生まれたばかりの赤子を抱いた母親たちが笑顔を浮かべていた。

そこへ福沢諭吉が訪れる。

「楠本先生。」

「今日も賑やかですね。」

イネは優しく微笑む。

「赤子の泣き声ほど安心する音はありません。」

福沢は一人の赤子を見つめる。

その小さな手が福沢の指を握った。

福沢は思わず笑う。

「実は私は、子どもが大好きなのです。」

「家へ帰れば、子どもたちが毎日私を遊び相手にしております。」

「学問の話より鬼ごっこの方が疲れますよ。」

イネも珍しく声を上げて笑った。

「先生にもそんな一面があるのですね。」

福沢は赤子を見つめたまま言う。

「子どもは、日本の未来です。」

「教育が未来を育てます。」

「だから私は学校を作る。」

そしてイネを見る。

「先生は命を守る。」

「あなたが守る命が、私の教え子になる。」

「だから医学も教育も、同じ未来を作っているのです。」

イネは静かに頷いた。

「私も同じ思いです。」

「一人でも多くの子が、母親の腕に抱かれて育ってほしい。」

福沢は真剣な表情になる。

「だからお願いがあります。」

「産科病院を開いていただけませんか。」

「先生が後進を育てれば、日本中の母子が救われます。」

イネは少し困ったように笑う。

「私は人を導く器ではありません。」

「目の前の命を救うだけです。」

福沢は微笑む。

「その謙虚さこそ、皆が先生を慕う理由でしょう。」

その時だった。

廊下から悲鳴が響く。

「先生ーーっ!」

「赤ちゃんが……。」

第二章 消えた胎児

病室では若い母親が泣き崩れていた。

「私の子が……。」

「消えたんです!」

医師たちは騒然となる。

病室には鍵が掛かっていた。

窓も閉まっている。

誰も出入りしていない。

福沢が部屋を見回す。

「密室ですか……。」

「これは私の知る法律でも説明できません。」

イネは静かに病室へ入った。

第三章 医学が見た違和感

イネは母親の脈を診る。

腹部を触れる。

表情が変わる。

「……おかしい。」

医師たちは首をかしげる。

「何がです?」

イネは静かに言う。

「この方は、本当にここで出産したのでしょうか。」

部屋中が静まり返る。

さらにイネは産婆へ尋ねた。

「胎盤は、どこですか。」

誰も答えられない。

イネは断言する。

「胎盤のない出産はありません。」

「つまり、この部屋では出産していません。」

福沢も息をのんだ。

第四章 消えた真実

イネは母親の衣服、人力車の敷物、付き添いの荷物を調べる。

やがて人力車の座布団に、乾き始めた血痕を見つける。

「ここでした。」

人力車夫は震えながら話し始める。

「病院へ急ぐ途中……。」

「急に産声が聞こえたんです……。」

産婆は涙を流した。

「赤ちゃんは……。」

「生まれた時には、もう息をしていませんでした。」

責任を恐れた産婆は、亡くなった赤子を隠し、「病院で赤ちゃんが消えた」と偽装していたのだった。

第五章 命は嘘をつかない

静かな部屋。

イネは白布に包まれた小さな赤子を抱き上げる。

「この子は誰にも連れ去られてはいません。」

「最初から、お母さんの腕へ抱かれることなく旅立ったのです。」

母親は泣き崩れた。

産婆も床に額をつける。

「申し訳ありません……。」

イネは静かに首を振る。

「責めるために真実を探したのではありません。」

「次に生まれてくる命を守るためです。」

第六章 未来へ

事件は解決した。

夕暮れ。

築地の街を歩く二人。

福沢が静かに話す。

「今日、改めて思いました。」

「子どもは国の未来です。」

「私は学校で未来を育てます。」

「先生は産科で未来を守る。」

イネは微笑む。

「教育も医学も、未来へ命をつなぐ仕事ですね。」

福沢は空を見上げた。

「だから先生。」

「やはり病院を開いてください。」

「一人の名医より、多くの名医を育てる方が、日本はもっと豊かになります。」

イネは少し照れながら笑う。

「先生は本当に諦めませんね。」

「……その話は、また今度。」

二人は夕焼けの築地をゆっくり歩いていく。

その背中を、夕日に照らされた子どもたちの笑い声が追いかけていた。

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