「シーボルトの遺した探偵 明治ミステリー」

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「シーボルトの遺した探偵 明治ミステリー」

第一話遺体は語る

明治六年(1873年) 東京・築地

文明開化で賑わう街。

ガス灯、人力車、洋館。

福沢諭吉は慶應義塾からの帰り道、人だかりの前で足を止める。

「何事だ?」

群衆の声が飛ぶ。

「難産だ!」

「医者もお手上げらしい!」

福沢は人垣をかき分ける。

若い妊婦が苦しみ、周囲の医師たちは困惑している。

その時――

凛とした女性の声が響く。

「私に診せてください。」

群衆が振り向く。

一人の女性が静かに前へ進み出る。

「女医だと?」

「そんな馬鹿な……。」

彼女は周囲のざわめきに耳を貸さず、患者の脈を取り、腹部を診察し、落ち着いた口調で指示を出す。

「湯を。」

「清潔な布を。」

「皆さん、少し下がってください。」

医師たちも、その迷いのない所作に思わず従う。

やがて――

オギャア!

赤ん坊の産声が築地の街に響く。

歓声が上がる。

福沢は目を見開く。

「見事だ……。」

隣で見ていた老人が静かに言う。

「あのお方をご存じありませんか。」

「シーボルト先生の娘、楠本イネ先生ですよ。」

福沢の表情が変わる。

「シーボルトの……娘。」

イネは母子の無事を確かめると、一礼して静かに立ち去る。

福沢はその背中を見つめながら、静かにつぶやく。

「父が日本に医学を伝えたなら……娘は、日本の未来を救っているのか。」

その夜。

福沢は友人からイネの半生を聞く。

父は日本に西洋医学を伝えたシーボルト。

しかし父は国外追放。

二歳で生き別れとなる。

それでも彼女は医学を捨てなかった。

二宮敬作に学び、

石井宗謙に産科を学び、

宇和島では村田蔵六(後の大村益次郎)ら蘭学者とも交流し、西洋医学を磨き続けた。

福沢は静かにつぶやく。

「父の名ではない。」

「自ら努力してここまで来た女性か。」

第二章 未来を語る二人

数日後。

福沢はイネの診療所を訪れる。

「楠本先生。」

「日本は変わります。」

「女性が医師として活躍する時代です。」

「あなたが産科病院を開き、多くの女性医師を育ててはいかがでしょう。」

イネは少し笑う。

「私は人を導く人間ではありません。」

「目の前の患者を救うだけです。」

福沢はその言葉に感銘を受ける。

第三章 奇妙な遺体

その夜。

福沢邸。

夕暮れ。

福沢邸。

庭では福沢諭吉が木刀を振っている。

ビュッ! ビュッ!

汗をぬぐいながら独り言。

「学問も身体も、日々鍛えねば鈍る。」

そこへ門の外から慌ただしい声。

築地病院長が駆け込む。

「先生!」

「奇妙な遺体が…。」

亡くなったのは二十五歳の青年。

昨日まで健康。

傷はない。

毒も見つからない。

苦しんだ様子もない。

病院は病死と判断。

しかし院長だけは納得できない。

福沢は言う。

「これは医学の事件だ。」

「楠本先生にお願いしよう。」

第四章 医学探偵

イネは遺体を静かに診察する。

瞳孔。

唇。

耳。

爪。

そして左腕を見つめる。

「……。」

誰も気付かない小さな赤い点。

「ここです。」

医師たちは首をかしげる。

「ただの虫刺されでしょう。」

イネは首を振る。

「違います。」

「針の跡です。」

病院中が静まり返る。

第五章 真実

イネは病室を調べ始める。

ベッド。

薬瓶。

注射器。

そしてゴミ箱。

一本だけ、

洗われた注射器を見つける。

イネは言う。

「犯人は医師ではありません。」

「医療を知ったつもりの人です。」

助手が震え始める。

第六章 種明かし

助手は高価な外国製薬品を闇で売っていた。

薬が減れば発覚する。

そこで患者に水だけを注射し、

薬を盗み続けた。

しかし注射器の空気を抜く知識がなく、

血管へ大量の空気が入った。

青年は空気塞栓によって突然死したのだった。

イネは静かに言う。

「身体に傷はなくても。」

「人体は必ず真実を語ります。」

第七章 エピローグ

犯人は逮捕された。

帰り道。

福沢はイネに頭を下げる。

「私は法律や経済は分かります。」

「しかし命の真実は医学でしか分からない。」

「今日、それを教えられました。」

イネは微笑む。

「私が見たのは犯人ではありません。」

「助けられなかった命です。」

「次は、救える命を増やしたい。」

福沢は空を見上げる。

「やはり、病院を開いていただきたい。」

イネは少し照れながら笑う。

「その話は……また今度。」

二人は築地の夕焼けの中を歩いていく。

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