裏切られた英雄の最期

紀元前44年3月15日。
ローマ史上最大の英雄の一人、
ガイウス・ユリウス・カエサル
――日本では「シーザー」として知られる男が暗殺されました。
享年56歳。
場所はローマの元老院。
犯人は外国の敵ではありません。
なんとローマの有力政治家たちでした。
そしてその中には、
シーザーが信頼していた
マルクス・ユニウス・ブルトゥス
もいたのです。
なぜ国民的人気を誇る英雄は殺されなければならなかったのでしょうか。
その答えは、シーザーの人生を追うと見えてきます。
紀元前100年 シーザー誕生(0歳)
シーザーは紀元前100年、
名門ユリウス家に生まれました。
若い頃から弁論術に優れ、
頭脳明晰。
さらに大胆な行動力を持っていました。
しかし当時のローマは、
有力者同士の権力争いが絶えない時代でした。
若きシーザーは、
そんな混乱の中で政治家として成長していきます。
紀元前75年 海賊に誘拐される(25歳)
若き日のシーザーには有名な逸話があります。
なんと地中海で海賊に捕まり、
身代金を要求されたのです。
ところがシーザーは怒ります。
「私の身代金がそんな安いはずがない!」
彼は自分で身代金額を引き上げさせました。
さらに解放された後、
本当に海賊を捕まえて処刑しています。
この頃から並外れた自信家だったことが分かります。
紀元前60年 三頭政治を結成(40歳)
シーザーは
グナエウス・ポンペイウス
と
マルクス・リキニウス・クラッスス
というローマ屈指の実力者と手を組みます。
これが有名な
「第一回三頭政治」
です。
40歳のシーザーは、
ついにローマ政治の中心へ躍り出ました。
紀元前58年 ガリア戦争開始(42歳)
シーザー42歳。
彼はガリア総督として赴任します。
現在のフランス、ベルギー、スイス周辺です。
ここから約8年間にわたり戦い続けました。
結果は大成功。
広大な領土を征服し、
莫大な財産と最強の軍隊を手に入れます。
ローマ市民から見れば、
シーザーはまさに英雄でした。
紀元前52年 ガリア制圧(48歳)
ガリア人の英雄
ウェルキンゲトリクス
との激戦を制し、
シーザーはガリアをほぼ完全に征服します。
48歳にして、
ローマ最高の名将と呼ばれるようになりました。
しかし――
その成功が大きすぎたのです。
紀元前49年 ルビコン川を渡る(51歳)
元老院はシーザーの人気を恐れました。
特に元同盟者だったポンペイウスは、
シーザーの勢力拡大を警戒します。
そこで元老院は命じました。
「軍を解散してローマへ戻れ」
従えば失脚。
拒否すれば反逆。
51歳のシーザーは決断します。
「賽は投げられた」
そう言い残し、
ルビコン川を渡りました。
これはローマへの進軍を意味します。
こうして内戦が始まりました。
歴史上最も有名な決断の一つです。
紀元前48年 ポンペイウスを破る(52歳)
シーザー52歳。
内戦は決着します。
シーザー軍はポンペイウス軍を撃破。
ポンペイウスはエジプトへ逃亡しますが、
現地で殺害されました。
こうしてシーザーはローマ最強の男となります。
ブルータスとの不思議な関係
実はブルータスは、
最初はポンペイウス側でした。
つまりシーザーの敵です。
しかしシーザーは勝利後、
ブルータスを許しました。
それどころか出世させます。
理由の一つは、
ブルータスの母
セルウィリア
がシーザーの愛人だったことです。
そのため古代ローマでは、
「ブルータスはシーザーの隠し子ではないか」
という噂まで流れました。
現在では可能性は低いと考えられていますが、
それほど二人の距離は近かったのです。

紀元前46年 終身独裁官へ(54歳)
シーザー54歳。
ローマの最高権力者になります。
さらに改革を進めました。
- 借金問題の整理
- 植民地建設
- 行政改革
- 暦の改革
現在も使われる太陽暦の基礎となった
「ユリウス暦」
も彼の時代に作られました。
しかし権力が集中するにつれ、
元老院は不安になります。
「シーザーは王になろうとしている」
という噂が広がったのです。
ブルータスの苦悩
ブルータスは恩人であるシーザーを尊敬していました。
しかし彼の一族は、
共和政ローマの守護者として知られていました。
先祖には
ルキウス・ユニウス・ブルトゥス
という、
ローマ王を追放した英雄がいたのです。
ブルータスは苦しみます。
恩人への忠誠か。
共和国への忠誠か。
そして彼は後者を選びました。
紀元前44年3月15日 シーザー暗殺(56歳)
56歳のシーザーは元老院へ向かいました。
そこで約60人の議員たちが待ち構えていました。
短剣が抜かれます。
シーザーは抵抗しました。
しかし次々と刺され、
23か所もの傷を負います。
そしてブルータスの姿を見たとき、
抵抗をやめたとも伝えられています。
こうしてローマ最強の男は、
56年の生涯を終えました。
「ブルータス、お前もか?」
世界で最も有名な裏切りの言葉です。
ただし、
実際にシーザーがそう言った証拠はありません。
後世に
ウィリアム・シェイクスピア
が戯曲『ジュリアス・シーザー』で描いたことで有名になりました。
しかし、
もしシーザーが最も衝撃を受けた相手がいたとすれば、
それは間違いなくブルータスだったでしょう。
暗殺者たちの誤算

ブルータスたちは考えました。
「シーザーを殺せば共和国は復活する」
しかし結果は逆でした。
市民たちは激怒します。
特に
マルクス・アントニウス
の追悼演説は民衆の心を動かしました。
暗殺者たちはローマから逃亡します。
紀元前42年 ブルータス自害
暗殺から2年後。
ブルータスは
マルクス・アントニウス
と
アウグストゥス
(当時はオクタウィアヌス)
との戦いに敗れます。
そして自ら命を絶ちました。
享年およそ43歳。
紀元前27年 ローマ帝国誕生
シーザーを倒せば共和国は守られる。
ブルータスたちはそう信じていました。
しかし現実は逆でした。
オクタウィアヌスが権力を握り、
紀元前27年、
ローマ初代皇帝となります。
こうして共和政ローマは終わり、
ローマ帝国が始まったのです。
まとめ
シーザーの人生を年齢で振り返ると、
- 25歳 海賊に誘拐される
- 40歳 三頭政治を結成
- 42歳 ガリア戦争開始
- 48歳 ガリア征服
- 51歳 ルビコン川を渡る
- 52歳 内戦に勝利
- 54歳 終身独裁官となる
- 56歳 暗殺される
わずか50代で、
ローマの歴史を根底から変えてしまいました。
そして皮肉なことに、
彼を殺した人々は共和国を守ろうとしましたが、
その暗殺こそが共和政の終焉を早める結果となったのです。
シーザー暗殺は単なる殺人事件ではありません。
それは「自由」と「権力」が衝突した、古代ローマ最大の政治ドラマだったのです。


コメント