1453年のコンスタンティノープル陥落がなぜ大航海時代につながったのか?

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# なぜコンスタンティノープル陥落が大航海時代につながったのか?

1453年。

コンスタンティノープルが陥落しました。

しかし、

「だから何?」

と思う人もいるでしょう。

実はこの出来事。

世界史最大級の連鎖反応を引き起こしました。

その結果――

コロンブスが航海に出て、

バスコ・ダ・ガマがインドへ到達し、

さらには日本に鉄砲まで伝わることになるのです。

一体なぜなのでしょうか?

## ヨーロッパ人が欲しかったもの

中世ヨーロッパ。

人々が夢中になっていたものがあります。

それが

香辛料(スパイス)

です。

特に人気だったのは、

* コショウ

* シナモン

* クローブ

* ナツメグ

現代ならスーパーで買えます。

しかし当時は違いました。

金と同じくらい高価だったのです。

なぜなら、

冷蔵庫がない時代。

肉の保存や臭み消しに香辛料が欠かせなかったからです。

ヨーロッパ人は、

何としてもアジアの香辛料を手に入れたかったのです。

## 世界貿易の中心だったコンスタンティノープル

当時、

アジアの商品はシルクロードを通り、

ヨーロッパへ運ばれていました。

その中継地点が

コンスタンティノープル

でした。

つまり、

東西貿易の超重要拠点です。

ヨーロッパ人にとっては、

まさに「物流の心臓部」。

ここが機能していたから、

香辛料も絹も手に入ったのです。

## 突然の大ピンチ

ところが1453年。

オスマン帝国が都市を征服します。

ヨーロッパ側は大慌て。

貿易そのものが完全停止したわけではありません。

しかし、

オスマン帝国が東西交易を支配するようになり、

関税や仲介費用が増えました。

結果として、

アジアの商品はさらに高価になります。

ヨーロッパ商人たちは頭を抱えました。

「このままでは儲からない」

「もっと安く仕入れる方法はないのか」

そこで生まれた発想が――

「海から直接アジアへ行けばいい」

だったのです。

## 命がけの大航海へ

こうしてポルトガルとスペインは、

未知の海へ乗り出します。

当時の海は恐怖の世界でした。

地図は不完全。

天気予報もない。

巨大な海の向こうがどうなっているのかも分からない。

それでも利益を求めて挑戦したのです。

まさに人類史上最大級のギャンブルでした。

## コロンブスの大勘違い

1492年。

スペインの支援を受けた

クリストファー・コロンブス

が西へ出航します。

目的はもちろん、

アジアへの新航路発見。

ところが――

彼はアメリカ大陸に到着。

しかし本人は最後まで

「インドの近くだ」

と思っていました。

歴史上有名な大勘違いです。

## ついにインドへ到達

一方、

ポルトガルはアフリカ沿岸を南下。

そして1498年。

バスコ・ダ・ガマが、

ついに海路でインドへ到達します。

ヨーロッパ人は歓喜しました。

これで中東を経由せず、

直接アジアと貿易できるようになったのです。

まさに革命でした。

## そして日本へ

さらに航海は続きます。

1543年。

ポルトガル人を乗せた船が、

種子島へ漂着。

日本人はそこで初めて

「鉄砲」

と出会いました。

戦国時代を大きく変える出来事です。

織田信長が活用した鉄砲も、

元をたどれば大航海時代の産物でした。

## 実は日本ともつながっていた

つまり、

1453年のコンスタンティノープル陥落は、

単なる一都市の陥落ではありません。

その出来事が、

ヨーロッパ人を海へ駆り立て、

大航海時代を生み、

新大陸発見につながり、

さらに日本へ鉄砲を伝えることになったのです。

もしコンスタンティノープルが陥落していなかったら――

コロンブスも、

バスコ・ダ・ガマも、

日本への鉄砲伝来も、

違う歴史になっていたかもしれません。

世界史とは、

遠く離れた出来事が思わぬ形でつながる壮大な物語なのです。

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