伊藤一刀斎という剣客のことを、霞丸は、噂でしか知らなかった。
諸国を巡る剣客の中には、技を誇る者、力を誇る者、経験を誇る者、さまざまあった。だが、一刀斎という男は、そのいずれとも違うという。彼の剣は、「一の太刀」ひとつきりであるという噂であった。
二の太刀はない。三の太刀もない。ただ、一撃。それだけで、勝負を終わらせる。




霞丸は、その噂を耳にしたとき、初めて、背筋に冷たいものを覚えた。武蔵を「解いた」あの夜以来、霞丸は、いかなる剣豪であろうと恐れることはなかった。技には、必ず型がある。型があるということは、繰り返しがあるということだ。繰り返しがあれば、霞丸の刃は、必ずそれをなぞり、絡め取ることができる。
だが——一撃で終わる剣に、繰り返しなどあろうはずがない。
なぞるべき軌道が、そもそも、存在しないのだ。
二
依頼は、今度も、名も名乗らぬ者からもたらされた。曰く、伊藤一刀斎という剣客、諸国を巡り、道場という道場を次々に破っているが、これに苦しめられている一門があるという。かつて隆盛を誇った剣術の家が、たった一太刀で、当主を失った。その遺児が、金に糸目をつけず、一刀斎を「解く」者を探しているのだという。
霞丸は、しばし、腕を組んで黙していた。
武蔵のときとは、違う。あのときは、確かな勝算があった。二刀流という「型の純度が高い」剣客であればあるほど、霞丸の技は、よく効く。だが、一刀斎には、なぞるべき型が、初めからない。
——負けるかもしれぬ。
その予感こそが、霞丸を、京から東へ、一刀斎を追う旅へと向かわせた。金のためではない。恨みのためでもない。己の技が、通じぬ相手がこの世にいるのかどうか——それを、この目で見極めたかったのである。剣客が剣を極めんとするのと、同じ業であった。
三
街道の外れ、古い社の境内で、二人は相対した。
一刀斎は、既に老境に差し掛かった男であった。だが、その立ち姿には、一分の隙もない。刀は、鞘に納めたまま、右手に軽く提げているだけである。構えすらない。
「忍びが、儂に何用か」
「霞丸と申す。伊藤様の一の太刀、この目で確かめとうござる」
一刀斎は、笑った。皺の刻まれた顔に浮かんだのは、嘲りではなく、むしろ、憐れみに近い色であった。
「確かめる、と申したな。だが忍びよ、儂の太刀は、一度きりのものだ。確かめるということは、二度目を望むということ。二度目がある時点で、それは、もはや一の太刀ではない」
霞丸は、答えなかった。答えられなかった、というべきかもしれぬ。老人の言葉には、これまで出会ったいかなる剣客の太刀筋よりも、鋭いものが含まれていた。
一刀斎は、なおも続けた。
「お主の得意技、儂は知らぬ。だが、忍びの技というものは、大方、相手の隙を読み、二の手、三の手をもって、これを制するものであろう。それは、決して悪しき技ではない。ただ——儂には、その”二の手”が、通じぬ」
四
勝負は、驚くほど短く終わった。
一刀斎は、鞘に納めたままの刀に、手をかけもしなかった。ただ、霞丸の間合いに、一歩、踏み込んだ。
霞丸は、その一歩を見て、悟った。これが、一の太刀の間合いである、と。これまでの剣客であれば、この間合いから、まず一撃、様子見の太刀を放つものだ。その一撃をこそ、霞丸は「なぞる」ために待っていた。
だが、一刀斎は、様子見をしなかった。
抜き打ちの一閃が、そのまま、真の太刀となって奔った。
霞丸の刀は、間に合わなかった。いや、正しくは——間に合わせようとした瞬間に、既に敗れていた。霞丸の得意技は、「相手の太刀筋を、二合、三合とかけて、なぞり絡める」ことにある。だが一刀斎の太刀は、一合にして、既に全てを終わらせる太刀であった。なぞる暇など、初めからなかったのだ。
霞丸の肩口を、切っ先が掠めた。浅手ではあった。だが、もしあと一寸、間合いが違えば、それは浅手では済まなかったであろう。
霞丸は、地に片膝をつき、己の刀身を見た。しなる刃は、空を切ったまま、何ものをも絡めてはいなかった。
五
一刀斎は、刀を鞘に納めた。既に、勝負は終わったというように。
「お主の技、悪くはない。だが、忍びよ。お主の技は、”相手が繰り返す”ということを、前提に組まれておる。儂は、繰り返さぬ。一度で終わらせる。それだけのことだ」
霞丸は、肩の傷を押さえながら、静かに問うた。
「なぜ、殺さぬ」
「殺す理由がない。お主は、儂の弟子ではないし、儂の命を狙う刺客でもない。ただ、儂の太刀を確かめに来ただけであろう。それならば、確かめさせてやれば、それでよい」
その言葉には、驕りも、憐憫もなかった。ただ、乾いた事実だけがあった。武蔵を破ったときの己の台詞——「宮本武蔵、破れたり」——を、霞丸は、思い出していた。あの夜、己が武蔵に浴びせた言葉と、今、一刀斎が己に向けている態度は、驚くほど似通っていた。
勝った者は、いつも、こうして、静かに去っていくものなのだ。
六
一刀斎の背が、社の闇に消えていくのを、霞丸は、片膝をついたまま、見送った。
負けた、と思った。だが、不思議と、悔しさはなかった。むしろ、胸の内に去来したのは、ある種の、清々しさに近いものであった。
里を焼かれてより十六年、霞丸は、いかなる剣客にも「解けぬ技はない」と信じて生きてきた。その慢心が、今宵、綺麗に断ち切られたのである。武蔵を絡め取ったあの夜、霞丸自身もまた、己の技の完成度に、酔っていたのかもしれぬ。
——一の太刀か。
繰り返さぬ剣。二度目を望まぬ剣。それは、忍びという生業とは、対極にあるものであった。忍びとは、常に二の手、三の手を用意し、繰り返し、繰り返し、相手の隙を窺う生き物である。一刀斎の剣は、その生き方そのものへの、静かな否定であった。
肩の傷を布で縛りながら、霞丸は、立ち上がった。
負けを知った忍びは、次に、何をなすべきか。答えは、まだ出ていなかった。だが、一つだけ、確かなことがあった。
己の技を、もう一度、研ぎ直さねばならぬ。
風のない夜であった。霞丸は、社を後にし、闇の中へ、静かに姿を消した。



コメント